生保内中学校創立50周年祝賀会 1997.10.25

1997年10月25日、生保内中学校創立50周年記念祝賀会の席で、それまで面識のない方に「この町には深刻な問題がある。それは人間関係がギクシャクとして町に希望が持てない。どうすれば良いのか困っている。」と悩みを打ち明けられた。閉鎖的社会、特に地方の縮図として良く聞く話であった。
故郷田沢湖町に寄せる淡い憧憬が、その深刻なる現実問題提起で一気に醒めてしまい胸が痛んだ。山湖麗しい豊かな山の幸の宝庫である故郷。
この地に生まれし人々のギクシャクとした営みを神仏、そして先祖、子孫になんと報告出来ようか。面目の無い話であった。
「ここは皆、敬虔な気持ちになろう。そして過去を振り返ってみようではないか。反省と志を置き忘れてはいないだろうか。大事な『和の心』を見失ってしまった事が惜しまれる。『和の心』を取戻して矜持と尊厳を抱く事が命題必須である。」とその方に答えた事を私は忘れていなかった。
2017年12月12日の田沢湖歴史再発見塾に出席された前仙北市議員の経歴がある田口達生氏から「来年の10月には秋田県立角館高校定時制課程創立70周年である。記念講演をお願い出来ないでしょうか。」と遠慮がちに話された。
「私の母校でもない高校の記念講演とは烏滸がましい。70年の歴史で輩出された相応しい人士がいる事でしょうから、良く選ばれてはどうだろうか。」と私も遠慮がちに返答した。20年前に出会った「その方」との再会であった。
2018年2月10日、田口達生氏から書簡が届いた。

「趣旨
定時制70周年記念講演会の招請理由として、河氏は苦悩と言ってもいい環境にも関わらずネガティブに陥らず、人生と人と社会を愛しメセナ精神に立って業績を積まれてきた。幼少青年期、時には死も眼前に迫る紙一重の逆境にも耐えて生き、肉親は勿論友人や母校恩師同胞等に深い愛情を注ぎ続けその精神的昇華は見事である。
今、定時制に学ばれる生徒並びに同窓生は、時代的背景に差異はあるが経済的窮乏や地理的制約、そして学力の未熟さや精神的に強者とは言えない体験をしながらも日々努力精進をしている。
時代的背景や環境は大きな変遷を遂げているが、学びながら働き、働きながら学ぶ歩みは定時制生徒の特長であるが、河氏は小学生から実行されていたと言える。人生の先達者をお迎えしその一端に触れる意義は70周年に誠にふさわしいと考える。」

とあった。追って記念誌を発行するので祝辞を寄せて欲しいと依頼があり、私は煮え切らない想いの中「露堂堂と生きる」という文章を書いて送った。
文は「ひなわし」角館高等学校定時制課程創立70周年記念誌並びに、2018年刊「傘寿を迎えて・露堂堂と生きる」に収録されている。
こうして2018年10月27日、角館高校定時制駒草キャンパスで「露堂堂と生きる」といっ題目で記念講演をする事となった。事前に複数の方々から「河さんが幼少時代、秋田で苦しい時代をどう乗り切ったか。今、苦しみ悩んでいる生徒達の力になる様な話をして欲しい。」と頼まれていた。
そのつもりで臨んだが、式場の体育館に入って生徒達の表情と雰囲気を見て頭の中が真っ白になり、同時に胸が疼いた。
何故か、私の辛く悲しかった苦難の話で生徒達を軽々と励まし、鼓舞する言葉をかける事は彼らの苦悩を癒す事にはならないのではないか。かえって彼らを傷つけ追い詰めてしまっではないかと、たじろいでしまったのだ。

秋田県立角館高等学校定時制70周年記念講演会 2018.10.27

韓国も同じく青少年のいじめや格差による差別、受験戦争に狂騒する世相は病める深刻な社会問題を抱えている、私は心を痛めており表現する事は苦しかった。
しかし講演が終わり全員の記念撮影となった時、生徒達の表情に変化を感じた。血色が戻り、素直な笑顔で私と目を合わせてくれた。もし私の話の中に彼らの心に響き、何かしら残るものが1つでもあったとしたなら良いがと、祈るような気持ちで親愛を込め笑顔を返した。
その夜、祝賀会が開かれお酒を継いで私の労をねぎらってくれた方々の言葉は異口同音に「河さんの話を聞いて反省させられました。これから私も露堂堂と生きたいと思います。」と話され恐縮してしまった。
青少年問題は大人達が安易に受け入れられる問題であるのかと、その反応に戸惑いはあった子供達の問題は大人達の問題でもあり、教育現場の問題は社会の問題なのだ。子供達は孤独なるブラックホールで身を縮め、傷付いている現実に心を砕かねばならない。
私は「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」という宮澤賢治の詩の一節を苦難の際に、どれほど念仏の様に唱えた事だろうか。人は重荷を背負い風雨に負けず歩むのが人生と学んでいたからだ。日々一歩一歩、日々一善一善を積み重ねていく努力、忍耐と精進を求められ故にいつも孤独であった。
しかし孤独は紛らわすものではなく味わうものであり、孤独と向き合う事は自身の知性なのだと私は思うようになり楽になった。
孤独を恐れる事は無い。若人達の前途に幸あれとひたすら祈り自省する。私にとっても記念すべき、また考えさせられる故郷での講演会祝賀会であった。

角館武家屋敷の枝垂桜 2007.4.26朴哲撮影