光州市立美術館の存在

私は光州広域市が地方都市で初めて公立美術館を持った事を誇りに思う。義郷、芸郷の都市として名を憚らない歴史的、文化的立地を考えると奇跡ではなく必然性があった。

我が国の美術館は先進国の美術館(欧米等)と比べて百年以上も遅れている。それは韓国と欧米では社会における美術館の存在理由に雲泥の差がある為である。歴史的に未熟で知識や技術の蓄積も乏しい。問題なのは美術館の現場に於いて若い可能性が発揮される機会が阻害されているのは一にも二にも官僚主義が原因であると言われる。今、美術館の危機が問われているが、これは社会の危機である。それは「政治家」と呼ばれる人達の文化意識の低さと横暴さによる弊害から生じる構造から来ている。欧米に近づくためには官僚も、もう少し文化に対し寛容に、且つ学習すべきであると思う。社会の変化に対応し市民と共に進化していく、社会に働きかける美術館の機能を確立しなければならないからだ。

私達は今、韓国人(光州市民)に望まれている美術館像を構築することが求められている。美術館は行政の装飾品、文化行政のシンボルではない。文化は足下を掘り耕すという意味から地域の特質を捉えた運営を考えなければならない。地方であるからこそ個性的に地方色を積極的に打ち出し地元に、市民に密着した活動、フィールドワークを大切に活動するところに活路があるように思える。

ソウルや東京、ニューヨークの近・現代美術館はそれぞれ独自の趣向を持っており、私達の光州市立美術館とは全く違うという事である。そのコンセプトに注目し、アーティストがそれに対応して如何に活動するかという事を見なければならない。光州市立美術館は「韓国光州広域市の都市の魅力」だけの美術館ではなく「世界の人々」の為に開かれた美術館にならなければならない。

光州市立美術館が良い美術館になる為には充実したコレクションを持たねばならない。コレクションを充実させるために努力(購入等)をせねばならない。方向性を持った作品の収集こそが美術館の見識と質が問われる。そして殆どの展覧会が方向性を持ったコレクションを中心とした独自の企画で進められることが望ましい。それらをどの様に結合させてより良く見せていくかという研究が重要である。現代のアーティストに於いては、企画のテーマは心に留める関心事の一つである。そのテーマをもとに過去と現代の作品の中から構成した企画、他のモデルや真似ではなく、どこの都市でも不可欠になっている存在あるものが必要なのである。

河正雄コレクションは光州市立美術館の常設に留まらず、広範囲に国内外への特別プログラムとして巡回させ、多くの人々にこのコレクションの意義を訴え、分かち合いたいという意向を持っている。コレクションの巡回によって、他の美術館とも提携する様々な方法を考える。互いの発展のために長期的な協力関係を如何に構築していくかという事が重要な課題である。活用と展覧、これは光州市立美術館に課せられた義務の一つであると考える。また、河正雄コレクションの幅広さを一つのまとまりの中で見て探求してもらう体験をする素晴らしさを観客達に保証する責任があると思う。

韓国(光州)がまだ、きちんと「美術の形」が定まっていないからといって欧米式を盲従する必要はない。美術館独自のスタンスを明確にし、美術だけでなく、あらゆる文化の現象が保存研究の対象になるという意識とシステムが備わる美術館づくりをすればよい。個人の作家の充実したコレクションを基本にした美術館、評価の定まらない埋もれた作家を発掘する仕事等、テーマ的なものを目標とした良質なコレクションをもって、企画展や常設展という分け方のみでない堂々としたコレクションのみで成立した美術館づくりが良いと思われる。そして美術館同士の効果的に機能するネットワークを構築していく事で、より質の高い展覧会や常設展示が行える。

しかし残念ながら地元の関心や来館が少ないという問題がある。何度も足を運んでもらう為には敷居を低くせねばならないのではないかと思う。一般の人に門戸を開いて、充実した創造力を社会的に生み出す場、人が人生を楽しむ為にある、多様な価値観と生きる意味を考える基本的条件を美術館は備えていなければならない。作品に向かって見つめ、くつろぎ、リフレッシュしコミュニケーションと知的感動と満足を与えるなど数多くの物を提供する事、こうした基本を誠実に心を込めて対応する事が使命であると思われる。展示だけで美術館は評価されるものでないということ、社会の要求に応え社会に浸透することが要求されている。

内容を充実させるという意味で学芸員の企画力と独創性はますます問われる事になる。アーティストと観客の懸け橋となり人に語り伝える「ものからひとへ」という流れが美術館というより文化行政の流れとなるのではないだろうか。

単年度予算というシステムを根本から変えない限り、美術館業務と現行の予算制度とは相容れないものがある。また企画の伸び伸びとした美術館活動には行政職が芸術内容に一切関与しない体制が理想である。行政のバックアップと企業からのメセナ的サポートによる地域との連携を計り、地元の関心を引きつけ、現代美術に関心を持ってもらえるよう市民の積極的な利用促進を促す美術館機能の充実を計らなければならない。もっと学校教育と密接に繋がった活動を展開し、作品を観る事を教える美術教育、多様な美術世界がある事を広く、早い段階からの普及を促すことが必要である。光州の美術館の将来は、ある意味で「韓国の文化」と教育行政の将来を占う物であるとも言える。

美術館は学芸員各個人の眼によって方向を定められるものだという観点で充分に理解されねばならない。現代美術の学芸員には美術史の知識以外に豊かな国際性と知性、情熱など個人的な資質と感性が要求される。学芸員が個性を発揮出来ると真の創造性を生み出すことが出来る。既存の価値を再編し新しい価値を編集していく仕事として創造活動の大きな比重を担う。良い仕事をするには新たに熟考する機会を設け読書や旅行をする事により現実から距離を置き、物事を見つめる新しい視点を持つことが必須である。今、学芸員の力によって韓国近代美術史の基礎的研究が進んでいる。学芸員はバランスのとれた美術感覚を持ってその美術館の特質を引き出し自主的な美術館の独立を裏付ける。故に学芸員個人の研究や調査、収集の「蓄積」が美術館の質的な「蓄積」となってその成果を外に向け還元する努力が必要である。学芸員は社会人としての常識やマナー、韓国の美術館を良くする為にジャーナリスト的正論と批評に於いて責任ある発言をしなければならない。新しい状況を勤勉さと専心さで、「大人」として官僚や一般の人々を説得する表現者になるべく努力をしなければならない。そこに学芸員の存在意義がある。

その基本的な本義は地域性の問題が根底にあるとは思うが、教育普及面の充実をもったところにある国民や市民の学習権を保証する美術館学芸員は、社会的責任を負っているのである。

ところが文化に対し責任のある学芸員の職種に対して一定の資格及び基準が現在、曖昧である。学芸員の本分は展覧会とカタログ作成による「記録」にある。しかし行政財務局の無理解により展覧会を開いても十分な予算と時間がとれず不満足な結果を生んでしまっている事実は残念でならない。学芸員の仕事を合理的に確立し学芸員の専門職としての地位を得るためには学芸員自身の弛まぬ努力も必要であるが、行政の理解と後援なくしては、その努力も結実し得ない。

研究職としての存在を確認する為にも縦割り官僚制度と美術館組織の変革が求められる。人員の配置や採用の問題等、職制の見直しをしてスタッフ間の意志疎通を計り、学芸員の存在理由を確認する必要がある。

昨今の社会的な事件の中で行政に於いての個人の責任が問われているように、学芸員の質を高めるためにも行政全体が変わるべき転換地点にいるのだと思う。二〇世紀に築いた勢いとバイタリティ、質の高さをいかに二一世紀におけるプログラムに生かすという課題と優秀な企画スタッフ、献身的な行政メンバーによるエキサイティングかつ的確な問題提起により光州市立美術館はその存在と真価を世に問わねばならない。好きになれる都市、幸せになれる都市、存在感のある都市に光州市立美術館は輝いてほしい

(光州市立美術館河正雄COLLECTION図録2003・2003.7.21)

寄贈実績

第一次1993年7月21日 美術作品寄贈212点
第二次1999年4月14日 美術作品寄贈417点
第三次2003年7月21日 美術作品寄贈1182点
第四次2008年1月22日 美術作品寄贈1691点 美術図書寄贈1000点余
第五次2012年9月6日 美術作品寄贈80点
第六次2014年12月5日 美術作品寄贈221点 美術図書寄贈188点余

第一次寄贈当時の映像と記事

光州市立美術館に6作家の212点を寄贈

新会館オープン時

光州市立美術館新築記念 河正雄コレクション精華展

ピカソをはじめ国内外の有名画家の作品460点を寄贈、合計683点に

2001年、名誉館長に就任

 

2003年、新たに1182展寄贈(総数1865点)、朝鮮大学より美術学名誉博士号授与

連作木版画「花岡ものがたり」展示(2004年)

在日2世作家 呉日回顧展(2005年5月)

孫雅由-魂の響き展(2006年11月)

光州市立美術館新築記念 河正雄コレクション精華展

光州市立美術館が開館15周年を迎え、仲外公園 内の新築美術館に移転。11日に開館式が行われた。 同美術館には在日2世の実業家、河正雄氏 (埼玉県・同美術館名誉館長)が美術作品を寄贈。それを紹介する「光州市立美術館新築記念 河正雄コレクション精華展」が開かれている。 光州市立美術館は92年、韓国初の地方公立美術館としてオープンした。しかし、文化芸術会館の附属施設を改築した施設のため、美術館としては不備な点がこれまで指摘されていた。 今回の新築移転により、光州市立美術館は美術館として立派な機能を備え、新たな出発を迎えることになった。 河正雄コレクションは、河正雄氏が私財を投じて長年収集してきたもので、李再燦さんなど世界的に高く評価されている芸術家の作品も数多い。 その河正雄コレクションは93年、99年、2003年と3回にわたり寄贈された。 内訳は在日韓国人作家822点、韓国人作家632点、日本人作家183点、西欧人作家79点、雀承喜写真作品 148点など全1865点におよぶ。 今回の「在日の花精華展」では、李画換、郭 仁植、文承根など8人120点の在日作家の作品 が展示される。 これらの作家は在日1世または2世で、韓日現代史の中で傷つき、韓日両国の間で浮遊する存在として生きてきた在日韓国人の生と社会を理解することができる作品として選ばれた。

「在日の花」展(2008年8月)

在日2世の実業家、河正雄氏(埼玉県川口市 在住、光州市立美術館名誉館長)が光州市立美術館に寄贈した在日作家の作品「光州市立美術館所蔵河正雄コレクション 『在日の花』巡回展」が、8月29日から10月5日まで、全羅北道立美術館で開催される。 「在日の花」展は、2007年に新築された光州市立美術館の開館記念展として企画され、河氏が93年から寄贈を続けてきた在日作家の中から、全和鳳、郭仁植、宋英玉、李禹煥、郭徳俊、文承根、曹良奎、孫雅由の 8人の作家の作品を選んで展示された。その「在日の花」展が、2月の釜山での巡回展に続き、全羅北道立美術館で開かれることになったもの。 河氏は、「これまで寄贈したコレクションの作品1枚1枚が、花であると考えている。花と咲いて、平和への祈り、幸福への祈りを私と共にして いただければ、これ以上の喜びはない」と話す。

「全羅北道名誉道民章」受賞

在日作家・郭徳俊展(2012年)

在日作家、郭徳俊さんの個展「郭徳俊展」が光州市立美術館で開催され、静かな話題を呼んでいる。金姫娘・同美術館学芸研究士の文章「異邦人の視線-ナンセンスとユーモア-で見せる世界の無意味」を紹介する。92年、地方の公立美術館第1号として設立された光州市立美術館は、今年で開館20周年を迎える。河正雄コレクションも、93年の212点から 今ではその10倍の2222点に増えた。光州市立美術館と河正雄コレクションの歴史を振り返る最初の展示として、社会批判的なテーマをナンセンスとユーモアで表現する独特な芸術世界により、戦後の日本美術史の中で重視されており、00年の光州ビエンナーレに参加、03年に韓国国立現代美術館で「本年度の作家」に選ばれるなど、その芸術的成果を認められている郭徳俊を選び、その芸術世界に光を当てようとするものである。郭徳俊(1937年) は、日本で生まれた在日韓国人として、文化的、 社会的に両国において異邦人であるしかない正体性を持つ作家の一人である。彼は自己存在に対する絶え問ない疑問を持たざるを得なかった。また、20代の初期には肺結核にかかり、生死の境を行き来した経験は、人間存在の根源についての問題と現実世界に対して深く省察する機会になり、そのことは作品全般にわたって反映された。

日韓共存祈るメッセージ-金姫娘(河正雄コレクション専任学芸士)

川口市在住の在日韓国人2世の河正雄(ハ・ジョンウン)は1990年代の初めから現在で、韓国と日本の美術館や大学機関にー万点以上の美術品や資料を寄贈している。一個人のメセナ運動としては国内外に例を見ない。特筆すべきは、河正雄コレクションは特定の収集方向を持っており、そこには滅私奉公の倫理意識、河正雄という一個人の人生哲学が盛られているという点である。

(分館)河正雄美術館開館

外部による案内