今年は戦後70周年、日韓国交正常化50周年という節日の年であります。

人間は忘れる動物です。戦後、私達は実に沢山の大事な事を忘れ、捨てて参りましたこの節日に忘れてはならない事を、思い返して立ち止まり回顧する事、内省し想いを新たにする事は、私達の未来に多くの豊かな物をもたらすと思います。

この意義深い年に、田沢湖町よい心の会主催の姫観音慰霊祭並びに朝鮮人無縁仏追慕供養が行われます事は、何よりの喜びであります。

2015年8月6日の朝、70周年記念広島原爆平和慰霊祭、そして100周年記念日本高校野球開幕式のNHKテレビ中継を観て、例年になく涙を流しました。それは悔恨の涙であり、青春を回顧した感傷の涙でもありました。平和の尊さと幸福の根源、勝者と敗者の意味、「歴史は繰り返す」という格言を改めて噛み締める格別の日でした。

今、私は日本でのヘイトスピーチによる韓国・朝鮮人に対する差別的言動、安保政策による政治動向に、不安と緊張を感じながら生活しております。

喜寿の歳まで歩んで来た在日の道は、平坦ではありませんでしたが、民族、祖国、故郷、母校への愛であり、人道を基本とする人類愛を持って、平和と幸福を希求する祈りの道でありました。

数え歳7歳の時に、私は東大阪市森河内で終戦を迎えました。終戦間際の事、町内の大人達はB29の襲来を予期して、町内にある堀井戸から汲み上げた水をバケツリレーする防火訓練を繰り返していました。それが終ると、竹槍による突撃訓練をしました。その時、大人達は必死でありました。

私が住んでいた長屋に、同年齢の青山実君がおりました。私達は「みーちゃん」と呼んでおりました。彼は日が窪み、青白く痩せ細った小さな子でした。

青山君は私の顔を見ると「朝鮮人」と唯し立て、私の感情を逆撫でしました。竹篇で大人達に混じり、突撃の真似事をしている時に唯し立てられ、幼かった私は我慢する事が出来ず、その竹篇で青山君を叩いてしまい、顔に傷を付けてしまいました。

母に「お前が悪いのだから詫びておいで」と叱られ、不承ながら謝りに行きました。ところが青山君のお母さんは「かすり傷で良かったね。みーちゃんが悪いのだから謝る事は無いよ。」と許してくれました。幼いながらも私は感銘を受け、尊い心を学びました。

戦後間もなく、青山君は栄養失調の為に亡くなりました。その時、子供心にも可哀想にと思い、今尚心に残り冥福を祈っております。

1937年より行われた国策工事である、田沢湖を水源とする周辺の発電所工事には多くの朝鮮人が徴用されました。

「1946年厚生省『朝鮮人労務者に関する調査』(秋田県覚書)」の記録があります。角館出張所堀内組先達出張所における官斡旋徴用者名簿で、徴用工307名の出身地を調べると、慶尚南道3名、全羅北道1名、無籍3名、不明1名で、残る299名は父母の出身地である全羅南道でありました。父母の故郷、霊岩からは12名もの徴用者がおり、私はその内1名の生存者を捜し当てました。

1999年、秋田県朝鮮人強制連行調査団の野添憲二団長、秋田テレビスタッフの皆さんを連れ、85歳になった霊岩の曹四鉱氏の家を訪れました。曹さんの証言によると「先達で霊岩の隣村の若者が作業中に怪我を負って亡くなった。資料では終戦直後に退職手当金が支給された事になっているが、私は一銭も貰っていない。霊岩に帰ってから今日まで貧困に瑞ぎ、今は病気で病院通いをしている。補償して欲しい。」と訴えられました。

「先達では労働条件の劣悪さから逃げ出す人がいたが、すぐに捕まって殴られた。それでも逃げ出す人は後を絶たず、消息が無くなった。今は、秋田に行けるのであれば田沢に行ってみたい。田沢は忘れられない第二の故郷でもある。」と語りました。その翌々年、曹四鉱氏は悔眼の言葉を残して亡くなられました。

私達は1990年、田沢寺にて初めて慰霊祭を行い、不幸にして亡くなられた朝鮮人無縁仏慰霊碑を建てて追悼しました。その時「人類愛を持って善い心で私は慰霊したい。」と佐藤勇一氏に話した事から、1991年に「田沢湖町よい心の会」が結成されました。その年、田沢寺に「よい心の碑」を建立し、姫観音供養、そして田沢寺での法要が行われる様になりました。それ以降、幾重の山と川を越えながら慰霊の行事を重ね参り、本日の慰霊祭を迎えたのであります。

朝鮮人の霊を慰める「善い心」の深い意味は人道的、道徳的であり、慈悲の心に満ちた崇高なものであります。慈悲の心を架け橋として、日韓の人々が理解を深め合う事が必要です。

田沢寺の慰霊碑に刻まれた私の句、「ふるさとを田沢と呼ばんひがんばな」は、この地に眠る御霊を慰安したいと詠んだものであります。心ある人々が歴史を直視し風化させずに、これまで尽くして下さった追善の行事は日韓友好親善、共に生きる世界の実現に大きく寄与するものと信じ、私は敬意と感謝を深くするものです。

最後に本日、慰霊して下さった皆々様方の、安寧と発展を心より祈念申し上げ、共に世界恒久平和の実現に向けて、力を尽くして下さる事をお願いして私の挨拶と致します。

2015年10月12日河正雄

朝鮮人無縁仏の霊に捧げる「よい心の碑」建立記念追悼慰霊祭(1999.11.11)

田沢寺での朝鮮人無縁仏追悼慰霊祭(1990.9.23)