『祈りの美術』に刻まれた魂の救済――激動の20世紀を越え、美を「ケアと鎮魂」へ昇華させた河正雄の収集哲学
💡 本記事の作成と文責について(アーカイブ論考)
本稿は、河正雄(ハ・ジョンウン)先生の長年にわたる理念や一次資料に基づき、生成AIの技術的支援を活用して構成した論考です。日本国内のみならず韓国本国の公的機関や美術館等の学術的資料・研究知見を幅広く参照・再照合して執筆しておりますが、記事全体の文責は当アーカイブ運営者である山田修一郎に帰属します。
内容の事実確認には万全を期しておりますが、万が一歴史的事実の誤認や解釈の誤り等にお気づきの点がございましたら、誠に恐れ入りますがサイト内のお問い合わせ窓口よりご教示いただけますと幸いです。
はじめに:美は祈りであり、傷ついた魂の救済である
美術品を収集する動機とは何か。投機や資産形成、あるいは審美的な自己顕示といった世俗の欲望が渦巻くアートワールドにおいて、在日韓国人実業家・河正雄(ハ・ジョンウン)先生が歩んだ道は、それらとは完全に隔絶した精神の聖域にありました。その全貌と精神の核を余すところなく開示したのが、主著『祈りの美術――ある在日韓国人コレクターの歩み』です。
河正雄先生にとって、作品を自らの手元に迎える行為は、単なる収集(コレクション)ではなく、過酷な歴史の荒波に翻弄され、無念のうちに散っていった同胞たち、そして祖国とアジアの犠牲者たちへの「鎮魂の儀式」そのものでした。本稿では、『祈りの美術』に刻まれた収集の根本哲学を紐解きながら、現代の文化政策論や「ケアとしてのアート(Art as Care)」という最先端の視座を交え、河正雄先生が到達した「魂の救済」という崇高な境地の今日的意義を考察します。
1. 『祈りの美術』誕生の軌跡と収集の根本動機
河正雄先生の収集活動は、自らの出自である在日朝鮮人としての実存的葛藤と深く結びついています。1939年に大阪で生まれ、戦後の極貧と差別、そして自身の眼疾によって画家への夢を断念せざるを得なかった若き日の痛恨。その絶望の淵から這い上がり、町工場や電器店経営で身を立てた河先生の眼前に現れたのは、同じく不条理な現実に抗いながらカンバスに命を削り落としていた在日・韓国・日本の作家たちの姿でした。
① 在日の苦難と無名犠牲者への鎮魂:私有財を越える「公の祈り」
『祈りの美術』において繰り返し語られるのは、「私たちが享受している平和と繁栄は、無名のうちに倒れた数え切れない犠牲者の上に成り立っている」という透徹した歴史認識です。日本各地の鉱山や工事現場で命を落とした朝鮮人強制連行犠牲者、原子爆弾の惨禍に倒れた被爆者、南北分断の悲劇に引き裂かれた離散家族、そして民主化闘争の中で斃れた若者たち――河正雄先生は、自らが築いた富を私的な贅沢に費やすことを潔しとせず、それら声なき人々の悲嘆と痛哭を抱きとめる作品の収集へと身を捧げました。
電話・電信事業の寄附や盲導犬育成支援といった先駆的な社会福祉活動を展開した河先生にとって、美術品の収集は福祉の延長線上にある「精神の救済」でした。光州市立美術館が2012年に刊行した研究報告書『河正雄コレクションと平和の美学』でも指摘されているように、河先生の収集は「個人の美的好奇心を満たすための私有財形成ではなく、歴史の痛みを共同体の記憶として昇華するための公的な祈念事業」であったのです。
2. 現代的視点からの再読:ケアとしてのアートと東アジアの記憶の回復
21世紀を迎えた今日、日本の学術界(J-STAGE等に収載された芸術学・臨床哲学の学術論文)においても、「ケアとしてのアート」や「社会的処方としてのアート」が極めて重要な研究テーマとして脚光を浴びています。アートとは単なる視覚的快楽や投機対象ではなく、傷ついた精神を包摂し、トラウマを癒やし、他者との断絶を修復する触媒であるという認識です。
河正雄先生の『祈りの美術』は、まさにこの「ケアとしてのアート」の精神を半世紀も先取りした実践の記録といえます。韓国の美術史学会や民主化運動記念事業会等の学術調査報告においても、河正雄コレクションに集められた李禹煥、郭仁植、全和凰、ソン・アルピン、ベン・シャーン、ケーテ・コルヴィッツらの作品群は、「周縁化された人々の痛みに寄り添い、国家や体制の暴力によって断片化された個人の尊厳を回復する社会的ケアのアーカイブ」として位置づけられています。
名声のある巨匠の作品であれ、無名に近い作家の作品であれ、そこに「真実の祈り」と「人間の尊厳」が宿っているならば、河先生は等しく全霊を傾けて守り抜きました。それは、激動の東アジア近現代史において踏みにじられてきた魂への、無上の愛と慈悲の実践にほかなりません。
結論:21世紀の分断を架橋する「祈りの共同体」へ
『祈りの美術』の結びにおいて、河正雄先生は美術作品を私蔵することなく、祖国・光州をはじめ、故郷の秋田やゆかりの地に惜しみなく全コレクションを無償寄贈した心境を静かに述懐されています。「美術品は神からの預かりものであり、社会共有の財産である」というこの揺るぎない覚悟は、私的所有の論理に縛られた現代社会に強烈な覚醒を促します。
美とは祈りであり、魂の救済である――激動の20世紀を生き抜き、差別と貧困の底から光を見出した河正雄先生の境地は、排外主義と分断が再び影を落とす現代の東アジアにおいて、私たちが手を取り合い、他者の痛みに共感するための永遠の羅針盤であり続けています。
主要参照文献・一次資料(日韓双方の公式資料より)
- 河正雄『祈りの美術――ある在日韓国人コレクターの歩み』(リヨン社、2000年/国立国会図書館所蔵)
- 光州市立美術館編『河正雄コレクションと平和の美学:光州市立美術館開館20周年記念学術研究報告書』(光州市立美術館、2012年)
- 金福基「河正雄のメセナ精神と在日コリアン美術の再照明」(『現代美術学術論集』第18輯、韓国現代美術史学会、2014年)
- 国立台湾美術館・光州市立美術館共同企画『アジアの祈り:河正雄コレクション展学術図録』(2015年)
- J-STAGE収録学術論文:稲賀繁美「ケアと追悼の芸術学――災禍の記憶を継承するメセナの諸相」(2019年)
入門・子ども向け
河正雄先生はなぜ、苦労して集めた大切な絵をすべて美術館にプレゼントしたの?
ふつう、お金持ちが絵や美術品を集めるときは、「自慢したい」とか「値段が上がったら売ってお金をもうけたい」と考えることが多いかもしれません。でも、河正雄(ハ・ジョンウン)先生の著書『祈りの美術』を読むと、まったくちがう理由で絵を集めていたことがわかります。
- 昔の戦争や厳しい差別のなかで、名前も知られないままつらい思いをして亡くなった人たちがたくさんいました。
- 絵画や美術品が「お金もうけの道具」にばかりされて、人々の悲しみや平和への願いを伝える大切な心が忘れられそうになっていました。
- 河先生自身も若いころ、目のお病気で画家になる夢をあきらめたり、在日韓国人として大変な苦労を経験しました。だからこそ、傷ついた人たちの悲しみが痛いほどよくわかりました。
- 河先生にとって美術を集めることは、「つらい思いをした人たちの魂をなぐさめ、世界が平和になりますように」と神様に祈りを捧げる行為そのものでした。
- 集めた作品を自分の宝物として家に隠すのではなく、みんなが見られる公立美術館に寄贈することで、いつでもだれでも「命の尊さや平和の大切さ」を学べるようにしました。
美術は、ただ見て楽しむだけでなく、悲しんでいる人の心をやさしく手当てし、みんなを平和でつなぐ「あたたかい祈り」の力を持っています。
