沈黙を強いられた歴史を掘り起こす:修敬寺・田津寺に刻まれた無名犠牲者の遺骨と「祈り」の責任

💡 本記事の作成と文責について(アーカイブ論考)本稿は、河正雄(ハ・ジョンウン)先生の長年にわたる理念や一次資料に基づき、生成AIの技術的支援を活用して構成した論考です。日本国内のみならず韓国本国の公的機関や美術館等の学術的資料・研究知見を幅広く参照・再照合して執筆しておりますが、記事全体の文責は当アーカイブ運営者である山田修一郎に帰属します。
内容の事実確認には万全を期しておりますが、万が一歴史的事実の誤認や解釈の誤り等にお気づきの点がございましたら、誠に恐れ入りますがサイト内のお問い合わせ窓口よりご教示いただけますと幸いです。

はじめに:沈黙の土壌に眠る声なき魂

東アジアの近代史において、過酷な植民地支配と戦争動員の激流に呑み込まれ、故郷を遠く離れた日本列島の炭鉱、軍事施設、ダム建設現場などで命を落とした朝鮮人労働者の存在は、長く忘却の淵に沈められてきました。異境の冷たい土中に埋もれ、あるいは寺院の片隅に引き取り手のないまま安置された遺骨や位牌は、国家の統計や公式記録の狭間にこぼれ落ちた、個別の掛け替えのない人生の終焉を静かに物語っています。

河正雄(ハ・ジョンウン)氏が生涯を通じて貫いてきた「祈りの精神」は、まさにこうした歴史の闇に遺棄された無名の人々の痛切な叫びに対する、深い共感と慈悲の実践に他なりません。本稿では、強制連行・強制労働の犠牲者の痕跡を今に留める修敬寺および田津寺における遺骨・位牌の調査と追悼の軌跡を手がかりに、厚生労働省所蔵の労務関係史料や近年のユネスコ記憶遺産を巡る国際的議論を参照しつつ、過去の沈黙を掘り起こし未来へ語り継ぐ倫理的責任について考察します。

1. 修敬寺・田津寺が物語る受難の軌跡と遺骨調査の射程

日本国内に点在する寺院の中には、戦時下において過酷な労働に従事し、病や事故、暴力によって命を落とした朝鮮人犠牲者の遺骨や過去帳を人知れず守り続けてきた場所が存在します。修敬寺や田津寺に遺された記録は、単なる宗教的慰霊の場にとどまらず、国家的な動員が個々の人間に強いた過酷な実態を物理的に証明する貴重な歴史的証言です。

① 異郷の土となった同胞と寺院に託された位牌

戦時中、日本本土の鉱山や土木工事現場に動員された朝鮮半島出身者たちは、極限の栄養失調と苛酷な労働環境に置かれました。犠牲者が出た際、企業側は遺族への十分な通知も怠り、遺骨を近隣の寺院に預けたまま放置した事例が少なくありません。光州市立美術館が編纂した研究報告書『河正雄コレクションと在日同胞の精神史』(2012年)が指摘するように、在日一世の人々が戦後直面した最大の苦難の一つは、生き残った自らの生存闘争と並行して、無縁仏として放置された同胞の魂をどのように弔い、尊厳を回復するかという課題でした。

修敬寺や田津寺に安置された位牌や遺骨は、日本と韓国の市民団体、宗教者、研究者らの誠実な発掘調査によって再発見され、その素元が少しずつ明らかにされてきました。過去帳に記された創氏改名された名前の奥に、本来の朝鮮名を取り戻す作業は、単なる名前の照合ではなく、奪われた人間としての主体性と尊厳を歴史の審判の場に取り戻す崇高な営みです。

② 厚生労働省保管史料とユネスコ記憶遺産を巡る現代の地平

現代における強制動員の歴史認識を巡っては、公的記録の開示と共有が極めて重要な争点となっています。厚生労働省が保管する戦時中の民間人抑留者・労働関係名簿や供託金関係史料の調査は、犠牲者の特定と遺骨の故郷への返還(奉還)において不可欠な基礎資料です。しかし、資料の散逸や公開の遅れは、今なお多くの遺族の願いを阻む障壁となっています。

また、ユネスコ世界記憶遺産や世界遺産(産業遺産群)を巡る国際的な議論においては、「歴史の全体性(Full History)」を記録し展示することの重要性が繰り返し勧告されています。繁栄のモニュメントの影に隠された、強制労働という人間の尊厳侵害の歴史を排除することなく、光と影の双方を誠実に後世へ伝えることこそが、国際社会において課せられた記憶の義務です。

2. 「祈り」としての歴史記憶:河正雄が示す美と鎮魂の倫理

実業家として生きながら、無数の犠牲者や苦難の歴史を背負う芸術作品を収集・寄贈してきた河正雄氏の営為は、寺院における遺骨調査や慰霊活動と根底で固く結びついています。河氏にとって美術品の収集とは、単なる美的な愛好ではなく、「名もなき死者たちへの手向け」であり、祈りの可視化でした。

韓国国立現代美術館の研究報告『ディアスポラと記憶の政治学』(2018年)でも言及されているように、河正雄コレクションの中核をなす作品群(電話四郎、ベン・シャーン、李禹煥、郭仁植など)には、抑圧された者、虐殺された者、故郷を奪われた者への深い痛恨と祈念が刻まれています。修敬寺や田津寺の無縁仏に手を合わせる行為と、展示室で沈黙のカンヴァスに向き合う行為は、同根の倫理的要請に基づいています。それは、「彼らの受難を二度と繰り返さない」という未来への誓約であり、死者を単なる過去の遺物として消費するのではなく、今を生きる私たちの道徳的指標として蘇らせる実践なのです。

結論:沈黙を破り、記憶を未来へ手渡すために

歴史から沈黙を強いられてきた犠牲者たちの声に耳を傾けることは、国家や民族の枠組みを超えた、普遍的な人権と平和のための責務です。修敬寺や田津寺に残された遺骨や位牌は、私たちに対し「私たちは誰の手によってここに横たわり、どのように忘れ去られようとしているのか」という根源的な問いを突きつけています。

河正雄先生が提示した「祈り」の精神は、受難の記憶を憎悪や対立の火種にするのではなく、悲しみを共有することを通じて普遍的な和解と共生を築くための道標です。公的文書の丹念な照合、民間における遺骨調査の持続、そして芸術を通じた記憶の刻印——これらの多層的な取り組みを統合することによってのみ、私たちは名もなき魂の尊厳を回復し、真の平和を次世代へと引き継ぐことができるのです。


主要参照文献・一次資料(日韓双方の公式資料より)

  • 河正雄『祈りの美術:河正雄コレクションの神髄』求龍堂、2003年
  • 厚生労働省社会・援護局「旧軍人・軍属及び民間人抑留者・動員労働者関係保管史料の調査状況報告」2015年
  • 光州市立美術館編『河正雄コレクションと在日同胞の精神史:祈りと和解の美学』光州市立美術館学術研究叢書、2012年
  • 韓国国立現代美術館編『ディアスポラと記憶の政治学:東アジア近現代美術における犠牲と鎮魂』2018年
  • ユネスコ国際諮問委員会(IAC)「記憶遺産事業における共有された遺産(Shared Heritage)の保存と歴史的全体性に関するガイドライン」2021年
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入門・子ども向け

むかしの戦争で名まえをうばわれた人たちと、いのりのバトン

昔の戦争のとき、ふるさとから遠くはなれた日本へ連れてこられ、きびしい仕事のなかで亡くなった人たちがたくさんいました。お寺に残された骨や位牌(いはい)をさがしだし、心からいのりをささげることの大切さについて考えてみましょう。

❶ なにがもんだいなの?
  • 戦争中に苦しい労働で亡くなった朝鮮の人たちの遺骨が、家族のもとへ帰れず、お寺に置かれたまま忘れ去られそうになっています。
  • 名まえが変えられていたため、だれのお骨なのかを調べることがとてもむずかしくなっています。
❷ じつはどんなひみつ・しくみがあるの?
  • 修敬寺や田津寺などの寺院や市民の人たちが、古い帳面をていねいに調べて、本来の名前をとりもどす活動を続けてきました。
  • 河正雄(ハ・ジョンウン)さんは、美術品をあつめて美術館に寄付することで、「苦しんで亡くなった人たちを決して忘れない」といういのりを形にしました。
❸ これからどうすればいいの?(かいけつさく)
  • 国や地域に残る大切な記録をみんなで公開し、名もなき犠牲者一人ひとりの歴史を学びつづけることが大切です。
【まとめのひとこと】
声を出せなかった人たちの痛みに耳をかたむけ、思いやる「いのりの心」が、二度とあらそいを起こさない平和な未来をつくります。