人生は手遅れの繰り返し

ことばは命である。「悪心はうつがごとく消えにくく善心は水に描くがごとく消えやすし」無限にも思えた寛容の心も無限などではなく限界である事を知る。辛抱強く明日という希望を持ったが、その希望が日々潰えつつある。いつ暴発へと裏返っても不思議はない。
怒りを覚えるのは未来があると信じているからである。このまま怒りも表さず、生涯を終えれば良いのだろうか。強い憤りを感じるのは、それでも希望を繋げたいと未知の可能性を必死に探し、もがいているからだ。
推測と想像だけで世論操作が行われて正義となる。政権が入れ替わったら慣行が犯罪となり、噴行で行われた全ての業務が犯罪に転じてしまう。力を貸した者が犯罪者となる不条理。楽観主義ではもう未来を拓けない世相に限界を感じる。
「損得打算しなくては韓国では生きて行けない」という脱北女性の言葉が世知辛い現実を生々しく伝えている。
私は祖国で、父母の故郷で心の中まで土足で踏まれ、裏切られ心の繋がりが切れて行く断絶を幾度となく味わった。
大きく価値観が変動し、一つの時代が終わったジェネレーションギャップに震え、慄いている。在日の人間は古い人間はお払い箱か姥捨て山へ送られるのだろうか。
最近、とある高校体育教師が生徒に暴力をふるう場面がクローズアップされ報道が行われた。暴力は犯罪、その場面だけを観た私は教師にあるまじき行為だと批判した。
ところが翌日、暴力を以て教師を罵り侮辱して食ってかかる生徒の行為が映された「編集前」の画像がSNS等で明るみに出ると世論は一気に反転した。悪意を以て人を陥れようとする若者の後先を考えない行為は、暴力事件だけに収まらない深い社会の病理を浮き彫りにしている様に思えた。
報道やSNSに潜む個対個ではなく、個対多となって襲って来る剥き出しの悪意に、恐怖の心理で萎縮する。
人間は芸術家の様には、もう生きられなくなった。天辺に立つと風当たりが強く寒いだけだ。出る杭は打たれ、抜かれ、屈辱に耐えられず受けた痛みはいつまでも残り忘れる事は出来ない。
内面と外見の結びつきの箍が外れている人間社会は味気なく、小賢しく立ち回る者だけが出世する世の中は惨い。
良い面ばかり、悪い面ばかりの人間はいないが、どんな人間も己の性にもがき心を病んでいるようだ。
いつか自分の知識や信念が間違って育ち肥大すると、崖っぷちに立っている誰かを論破し突き落そうとする。そういう人間の顔付きは自分の正しさに酔っている様で卑しい感じがする。
世界には秩序がある。相手を思いやって敬意を持ち、絶えず自己に疑念を持ち自問自答しなければならない。行動の先に何が起きるかという限界の認識を磨かねばならない。
自己認識とは大なり小なり自分を騙す事なのだと教わった。人間は言語を持つ事で物事を解釈する術を得たが、閉じた個人の解釈であるからには真実と、自身に都合良い認識と騙し(装い)の区別は難しいものだ。
自己を知る。自己を律する。自己に打ち勝つ。試練に耐える。人間の弛まぬ努力と成長を尊ぶ言葉から、教訓を学びどう生きれば良いのか、朝日新聞の「折々のことば」「天声人語」などから日々の糧を得ている。

ある僧侶のことば

「あの時はわからなかったけど今だったらわかるということが、人生にはよくある。自分のしたことが、他人に思いも寄らぬ仕方で受けとめられ戸惑う。他人の人生に意図せぬ屈折や傷を与えてしまい、そのことも後になってようやっと知る。気付いた時はもう取り返しがつかない。経験というのは大抵そんなふうに起こる。人生は、手遅れのくり返しです。」

良寛(1758年ー1831年)のことば

「君看双眼色、不語似無憂あなたは私の二つの眼の底にある深い悲しみの色を感じないか。語らねば哀しみが無いように見えるが、心の底には深い哀しみがある。」

月読寺・正現寺住職・小池龍之介のことば

「私は全世界を、すみずみまで探し回った。『自分よりもより愛しいものが見つかるだろうか』と。そして、自分より愛しいものは、ついに見いだせなかった。(「自説経」)人間の持つ底の底では自己中心的でしかあり得ない自己愛。仏教は人がみな自己愛者であるという荒涼たる真実を前提に、出発する。『誰もが自己愛者なのだから、自分の幸せを求めるのならば、他者の自己愛を傷つけてはならない』。他人の自己愛を傷つけると、必ず仕返しがある。本当に自分が好きなら、他人の自己愛を尊重するのが賢明である。」

精神科医・岡田尊司のことば

「人がマインドコントロールを受け易いのは情報が過剰に与えられている状態か、極度に不足している状態の時。情報が過多だと無秩序になる。情報が過少だと妄想を膨らませてしまう。誤作動し易くなる。」

韓国近代文学研究者・金哲のことば

「世の中には『誤解をしたくてたまらない』というきわめて独特な決意を持って生きている人々が意外にも多い。人はなぜあえて曲解を押し通すのか。見たいものしか見ないという偏狭と、自国語への埋没は、世界の表情を歪にする。自分を相対的なものとして認めるのが怖いのだ。」

精神科医・名越康文のことば

「人間には、冷たい冷たい芯があるね。それに気付いたら、あまり触れてはいけないよ、責めてはいけないよ。
それは人自体の弱さなんだ。『だからそれぞれ、独りになる時間が必要なんよ』と続く。人は自分さえよければという冷酷さを隠し持っている。それから目を背けてはならないが、そればかり見ていてもいけない。そういう負の面を他人や環境のせいにするのはさらにいけない。自分をむやみに冷たい存在にしてしまうから。」

ノーベル賞作家力ズオ・イシグ口のことば

「人間はただ嘘をつくんじゃない。何かを隠しながらつくんです。そして事実を直視しないようにする。事実を認識していながら虚偽の解釈を試みる。誰にでもありうる心の動きである。」

マタイによる福音書(新約聖書)のことば

「戦争、争い事は全て自分が正義であるという人が起こす。思慮の浅い者達は灯りを持っていたが油を用意していなかった。」

歌手・俳優・杉良太郎のことば

「私にとってボランティアとは特別なことではなく、自然体で取り組んできたことです。来年で福祉活動を始めて60年になります。『なぜそこまでするのですか』と聞かれることが多いですが、『ただ、自然にやってきた』というしかありません。以前は『ボランティア』という言葉はなかったように思います。作家の川口松太郎先生が『杉さんはボランティアとか、チャリティーとか、そういうのは当て嵌まらない。献身だなあ』とおっしゃられたことがありました。
昔は『売名』と言われるのが嫌で、黙って活動をしていました。お金がある人はお金を、お金がない人は時間を寄付する。そしてお金も時間もない人は、福祉活動をしている人を理解してあげる。それだけでも立派な福祉の心です。」

朝日新聞「天声人語」のことば

「世界的に有名な、外国の博物館を訪れた時の経験である。展示品を見ていると、だれそれの『寄贈』によると表示されたものがある。そうかと思うと、何年に購入したと書いてある品もある。だが、そういう説明が全くない品もある。それが大部分といってもよい。はてな。疑問が浮かぶ。何も、書いてない品物はどうしたのだろう。もらったのでも買ったのでもないとすると……初めから自分のものだったのでなければ、拾ったか、盗んだか、強奪したか、などと想像してしまう。」

ルネ・デカルトのことば

「よい精神をもつというだけでは十分ではないのであって、たいせつなことは精神をよく用いることだ。優れた知性は人を正しく導きもすれば、謀略や詐欺に役立ちもする。豊かな感情は人を鼓舞しもすれば、嫉妬で狂わせもする。
問題はそれらをいかに『よく』用いるかだ。が、その『よく』がどういうことか、誰にもすぐには見えない。むしろそれを問い続けるなかに人生の意味がある。」

私を理解し支えて下さる人士の皆様に

中秋の2018年9月27日、私を見守り育んでくれた人士に書面にて御挨拶をした。

『厳しかった夏が過ぎ秋タ(旧暦8月15日・中秋の名月・韓国の名節であるお盆)を迎える事が出来ました事をお喜び申し上げます。

皆様お変わりなくお過ごしでしょつか。平素の御厚情に心より御礼申し上げます。

私は2017年に、積年の不摂生により大病をしてから1年が経過しました。大変御心配をかけ、慰問頂いた事を感謝申し上げます。

2018年の今年は傘寿(数え年80歳)の年を迎え、これまでの歩みを回顧これからの余生をどう生きるかを記した文集「傘寿を迎え・露堂堂と生きる」を刊行致しました。この様に元気になりましたといっ感謝の報告であります。

歩みを回顧すると実績の評価として、これまで沢山の賞を受けました。賞の裏には毀誉褒貶、語れぬ苦労がありました。

栄誉の裏には希望と失望が同居し、苦しみ、悲しみがありました。理不尽が絶えない世界で抵抗、不屈に信じる人道を守り、生きた証です。

要するに賞の中に罰も(更なる精進と努力をして期待に添えという荷と嫉妬も)あるという意味も込め「賞罰」として纏めた訳です。余生には罰の無い賞を受けられます様、心新たにしております。』

2018年9月5日以降、良識と品位、高い倫理性を保っていると信じていた光州KBSにて連日、私に関する件で数々の批判的不名誉な放送がなされている様で憂慮しております。市民の血税を使って河正雄を神の様に奉っている。強制的協約を結び、荷重に栄誉を得ている。『表裏の顔を使い分ける二面二重の仮面を持つ河正雄』という内容などである。」という報せであった。

放送後、光州、霊岩、ソウルなど国内外から連日「何事ですか」と心配のお問い合わせをいただき「抗議のデモをする」「放送倫理調停委員会に告発する」「名誉棄損で訴えよ」「記者会見を開き反論せよ」などの過激な御意見でありました。また「在日潰しではないか。潜在的な差別意識の表れではないか。」という、慰労と激励を越えて穏やかならぬ飛躍した話まで出たが放送内容については観ておらず理解出来ません。全て唐突な話であります。

そして異口同音、「全く恥ずかしい話だ。河さんに申し訳ない、許して欲しい」と同情と謝罪の言葉を数々かけられ、逆に戸惑っております。親の恥は子の恥韓国の恥は在日の恥なのです。同情され、謝罪し慰められる理由を捜してみましたが心当たりはなく、全てに合点がいきません。

私は霊岩郡の広報大使、光州市立美術館名誉館長、光州市名誉市民、光州市視覚障碍人連合会名誉会長という立場から、放送の内容は何の意向と目的があるのか何が間違っていたのか理解出来ません。青天白日の人生を送って来た私にとっては正に青天の霹靂です。我々は良く他人に対して無責任な事をいとも簡単に言っが、それはその人は極一部分の事で一人の人間を全て判るなどという事は無いのです。

皆様におかれましては世を騒がす事無く、事態の動向を見守り冷静に対処して頂きたい。何らかのきっかけが出来た時に私は答えます。

このような時、自分を説明しようとしても言葉では真の自分を説明し尽くす事は出来ず、自分から離れてしまう。本当の自分とは何なのかを知り説明するには心を窮めていかねばならない。これまで韓国で「余りの複雑さと訳の判らなさ」に翻弄された時が幾度もあり精神を病んだ。防衛本能から確執すると泥沼の罠に嵌る。我慢を重ねると小さな不幸が起き、怒れば大きな不幸へと育ってしまう。辛抱の木に花が咲くまではと、忍の一字で耐えて来た。いつも世の中は正しさよりも判り易さを優先し、作為的な世論操作により正義が握造される不条理なる現実をも見て来た。間違っていても多くの人が共感すれば、それが真実になってしまう大衆心理の恐ろしさがある。

光州KBSの報道には正義の名に潜む悪意と毒気があり権力の横暴と大衆の狂騒を作り上げる一部世論には底知れぬ恐ろしさを感じる。

2018年10月1日、京都大学特別教授本庶佑(ほんじょたすく)氏のノーベル賞医学生理学賞受賞インタビューで「世の中には正しいと思っている事が間違っている事が実に多く、教科書に書かれている事でも間違っているものが多い。何が間違っているのか突き詰める発想の転換をした事がノーペル賞に繋がった。」と述べられている。我が身に降りかかった身に覚えもない事柄に何の間違いがあったのか突き詰め発想の転換をする事が肝要である。人生の座右の銘として心に刻む言葉を先ず共有したい。

①物事には必ずや正しい道に戻るといっ軍必帰正」という言葉。
②そして善い心でした事は善い心で表れ、悪い心でした事は悪い結果となって明らかに表れるという「明歴歴露堂堂」という禅の教え。
③人生で災いが福の因になるか判らず、また福が災いの因になるか判らない。
吉凶福禍の転変は計り知れず、禍も悲しむにあたらず、福も喜ぶに足りないという「人間万事塞翁が馬」という故事。これらの故事や格言を以て学び、突き詰める事に人道の教えがある。物事を肯定的に取るか否定的に取るか、このあたりの違いが私の人生を左右すると心身を引き締め、明日を生きる意味を捜している。

トルストイの警句にこういうものがある。

「どんなに愚鈍な相手でも、頭の中が白紙なら、難しい問題でも説明することはできる。しかし、どんな聡明な相手でも、頭の中に『自分はその問題を疑う余地なく完全に知り尽くしている』という固定観念が宿っている場合、素朴な事柄すら伝えることは出来ない」(「神の国は汝等の胸にあり第3章」)

「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」という田中正造の言葉で本文を締め括りたい。

2018年10月4日光州市立美術館名誉館長河正雄』

99点

2018年10月10日、日本と韓国を架け橋とする在日の若い新聞発行人が会いたいとの事で上野公園で会った。

「貴方は多くの人達から売名と名誉欲が強いと思われている。これまで貴方の作品寄贈については条件なしの寄贈でメセナ天使であると思っていた。これまで貴方は寄贈条件を付けて強制的協約を結び加重に栄誉を得ているのは欲張り過ぎる。

この度の光州KBSの放送で光州市民も寄贈協約の公開で内容を知り、がっかりしている。我が社には、河さんを批判する記事を書きたいから載せてくれと10数名もの記者から申し出がある。」と言われ脅迫感を感じると共に、心外にも程があると思った。

「賞や名誉は欲して貰えるものではない。不埒に金を積み、付度をして賞や名誉を貰う人は、日本にも韓国にもあるとは聞いてはいる。しかし私に対する名誉や賞を授けた団体や組織への名誉棄損に当たる言語道断で許せない無礼な話である。

また、欲得で強制的条約を結び加重の栄誉を得ていると言うが、公的な行政機関が根拠も無く個人の欲求を満たす為に過重に栄誉を与えるだろうか。法的に何の問題があり、何を以て強制的協約と言うのか。法令に違反があるならば根拠を挙げ答えて欲しい。この20数年間何の問題も無かったのに藪から棒に言いがかりを付ける事自体、協約当事者への名誉棄損である。

一般の視聴者は公共放送光州KBSが1ケ月に渡り延べ30回以上(7編の内容を朝晩繰り返し)も放送するからには国家的、社会的一大犯罪事件だと思う事だろう。貴方はその報道に洗脳された先入観のみで私を見ている。しかし、この案件は国家的国民的な放送価値を有しているとは思えない。光州KBSはブランド価値を自ら下げ、公正公明の権威を地に落としたと私は見ている。光州KBSの正義は周り回って自分の首を絞めて行く。この国は果たして良くなるのだろうかと不安になる残念である。

この事案で名誉棄損を受け善良なる人々を悲しませてしまったが、私には何ら同情や慰めは要らない。特別なる願いや要望も無い。光州には多数のテレビ放送局と新聞社がある。これまで私に対する批判記事の報道は無い。寧ろ良識ある見解と市民意識の健全なる論調が出ている。事の本質を知り、光州人の良識ある見識がこれから多く示されるだろう。

貴方と私には現状認識と意見の相違がある。見解の相違はお互いに話し合った。理解し認め合えば済む事である。」と答え別れた。

あれこれ言う人が私を手伝ってくれる訳ではない。言う通りにしても更に上を求められるだけできりが無い。

2018年10月18日、ソウルで活躍しているという書の大家イ・ジンギョン氏から「側に置いて下さい。」と額装された書が贈られて来た。「あなたが来ると春が来る」という言葉が韓国語でしたためられていた。

見ず知らずの方であるが、たった一言で人が傷つくように、たった一言が人の心を暖め癒す。

「悲しい自分が見る風景は悲しい。わずかの事が我々を悲しませるので、わずかの事が我々を慰める。」(フランスの思想家 パスカル)

人は子犬や子猫のいたいけな仕草に慰められる。すると爆発寸前だった怒りや不満も些細な事に思えてくる。

そんな事があった後日、2018年10月21日に光州広域市在住のジョン・ホンギ(JeongHeonki)氏という全く面識ない方からメールを戴いた。

「厳しい夏が過ぎ美しい紅葉の季節となりました。あなたは99点です。99%の光州市民は河さんを応援しております。私の中学校時代、全教科が100点でしたが、何故か美術だけは99点でした。美術芸術の世界では100点満点はないのだと先生から教わりました。」同じ志を持つ同じ苦難を越えて来た同志の心である。

誹請中傷を受け人格と心を傷つけられている私の身の上を案じての評価であった。最高点を付け勇気づけてくれる方の存在を知り、心温まると共に、「露堂々と生きる」己の信念に従い確信を持って適進して行こうという気持ちを新たにした。

(上記、新聞記事の日本語訳となります。)

張錫源(チャンソグォン)の現代美術エッセイ…質問と回答[13] 韓国の全南毎日(2020.6.27記事)

河正雄の寄贈関連の議論

無知を打破し 真の価値を見出してこそ芸術の都市

河正雄先生 膨大な重要作品 光州に寄贈

特別な意味持つ寄贈に値する礼遇を受けるべき

一般的なルールによって寄贈の価値や意味を評価するのは不可能

2018年9月19日、光州KBSニュースでは、光州市立美術館河正雄寄贈関連契約、寄贈者優遇などを問題視する内容を報道した。同じ時間帯のニュースでは、連日まるで意図的であるかのように河正雄氏を非難している最中であった。光州市立美術館のホームページにはこれに対応して、河正雄氏の他に類を見ない寄贈の価値を尊重する文章が掲載された。

何が問題なのか。河正雄氏は光州広域市庁の切実な要求に応じて寄贈を始め、それは寄贈という期待を超えるものだった。光州市立美術館のホームページには、河正雄氏の寄贈関連記事をこのようにあげている。

「特に光州市立美術館において、1993年の美術作品212点の寄贈をはじめとして、1999年471点、2003年1182点、2010年357点、2012年80点、2014年221点の計2523点の寄贈がありました。光州市立美術館寄贈作品の中には、全和凰(チョンファファン)、李禹煥(イウファン)、郭徳俊(カクトクチュン)、郭仁植(カクインシク)、文承根(ムンスングン)、孫雅由(ソンアユ)等の主要な在日作家達の作品と、ピカソ、シャガール、ダリ、ルオー、アンディウォール、ジョアン・ミロ、ベンシャーン等海外の有名作家の作品及び、朴栖甫(パクソボ)、金昌烈(キムチャンヨル)、呉承潤(オスンユン)、洪性潭(ホンソンダム)等、韓国代表作家達の作品が網羅されています。」

これらの寄贈の内容は、そのボリュームに驚くだけでなくその内容においても、在日作家の重要作品と国内外の作家のレベルの高い作品が網羅されているという点において画期的である。これにより光州市立美術館は、在日作家の最も優れた作品を収蔵するという特徴を持つようになっただけでなく、国内外の重要作品を備えた競争力のある美術館に成長した。

これに対する感謝の印として、光州市立美術館分館として河正雄美術館が存在し、河正雄氏の要請で青年作家招待展「光」展を開催している。また、光州市立美術館名誉館長という称号と、美術館の近くの道路に「河正雄路」という名前を与えられている。

他の寄贈者との公平性や一般の寄贈関連契約に照らし合わせた時に、寄贈者河正雄氏に対する待遇は特別なものと言える。しかし、特別な意味を持つ寄贈はそれにふさわしい契約・待遇をするのが当然である。正規放送のニュースを通じて複数回にわたり批判する問題について、河正雄氏本人は心を痛めながらも、対外的には毅然と対処したと伺っている。自分が命のように大事にしている作品の中でもとりわけ重要な作品を光州に捧げながら、その光州発のニュースで不公正契約・不公正待遇という名目で、数回にわたり批判された。どういうことだろうか。定義といっても一般的な定義は無意味なことを…..一般的なルールに合わせて寄贈の価値と意味を評価することは無理であるということが、なぜ理解できないのだろうか。

1995年の第1回光州ビエンナーレの準備期間中、私は日本を訪れた。アジアの現代水墨作家との交渉・歴訪中だった。私は事前に河正雄氏に協力を求めていた。お陰で東京での仕事を無事に終え京都に向かうことになったのだが、なんと彼も喜んで同行してくれた。当時私はアジア圏をまわりながら、現代水墨関連資料を2つの大きな袋に入れて持ち運んでいた。

京都に向かう新幹線に乗るため、何度も階段を登って苦しんでいる私を手助けしようと、カバンの1つを抱えながら、「チャン先生はもう教授しかできませんね。肉体労働は無理があると思いますよ。」と言った。

かろうじて新幹線に乗り、私は彼の口調を借りて、「東京に来てもう死にそうですよ。」と言うと、彼は、「その重い荷物をお金だと考えてみて下さい。そうしたら幸せじゃないですか?重いほど幸せじゃないですか?」と言った。

志を抱き、自分の身ひとつで自力で成功し、貧困から這い上がって好きな絵を買い、1万点を超える作品を国内の複数の美術館に寄贈した。故国はあまり念頭になかったが、両親の希望で故郷を訪問し、それ以来メセナ運動や作品寄贈など緊密な関係を結んでいる。

2015年全羅北道都立美術館在職時、アジアの現代美術を展開していた時、彼は美術館を訪れ、「この美術館はチャン先生を待っていたようです。おめでとうございます。」と言い、帰国後に文承根(ムンスングン)の版画6点を送って来た。また、作品の到着後電話でその意味を伝えてくれた。

河正雄先生の寄贈の背景には、芸術と祖国への愛、人生を歩みながら巡り合う様々な縁に対する格別の愛情、耐えがたい苦難を経験する人々に対する関心などがある。単純に物量的な寄贈よりも、その背景に込められた人間の温かさが感じられる。

子供の頃から絵に類稀な才能があった彼は、高校時代に美術教師の関心と指導で才能を発揮することになるが、貧困のために画家になる夢を諦めなければならなかった。彼の母親は彼の目の前で彼が描いた絵を破いてしまい、画具を清流に投げ捨ててしまった。

1番好きだった画家ゴッホの東京展覧会を観るために、「体調不良のため旅行をすることができない」と言い訳をして高校3年生の卒業旅行をキャンセルし、返金されたお金で上野行き夜行列車に乗って嬉しかった少年河正雄は、JR奥羽本線の蒸気機関車は彼の青春の鼓動そのものだったと話した。

過去はもう戻ってこない。人生は一瞬の夢のようなものだ。河正雄氏はビジネスで成功し美術品の収集などで夢を叶えた。自分の夢を実現化させた芸術作品を故国に寄贈してきた。それは契約条件などという次元を超え、自分の最も重要なものを祖国に捧げた形だった。ポピュリズムが広がる韓国の政治状況や文化芸術界の在り方は芸術の真の価値やその意味について鈍感である。何でもかんでも平等という観点で均等化して見ようとする、融通性・柔軟性を欠く姿勢をとるのが常だ。

文化芸術の真の価値を見出せない人々の戯言に対して、放送も世論もきちんと線引きができない。ただ洗練されていないという理由で無関心の中で自殺に追い込まれたゴッホの人生のように、それは大衆的な無知を顕にする。

いつの時代も類似している。しかしそのような無知を打破し、真の価値を掘り下げて、その力を高めることができる社会こそ、芸術の都市の名にふさわしいことを忘れてはならない。それはACCを10建てることよりも偉大な力になるだろう。

張錫源(チャンソグォン 美術評論家)